要約：付論対米直接投資下における日本人家族の適応（P

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『デジタルネットワーク社会の未来：社会学からみたその光と影』 熊谷文枝著 ISBN4-623-03086-5 ミネルヴァ書房１９９９年 E-mail: fkumagai@kyorin-u.ac.jp URL: http://www.sfc.keio.ac.jp/~n96287fk/ 杏林大学 Phone：042-691-0011　　Fax：042-691-8617

第１章：要約

第２章：要約

第３章：要約

第４章：要約

要約：付論対米直接投資下における日本人家族の適応（pp.161-203） 　

１調査の目的

　本書第１章「デジタルネットワーク社会への展望」と第２章の「デジタルネットワーク社会と日々の生活」に関し、「付論」として「対米直接投資下における日本人家族の適応」について論ずる。グローバル化する今日、海外直接投資が盛んとなった日本社会は、海外在留邦人の増加を促した。その反面、海外直接投資が企業の利潤ばかりに目を向けるために、家族の海外での適応問題は疎かになっている。異文化の中で不適応状態にあえぐ邦人子女および家族は数多く存在している。その問題点と解決策はなんであろうか。アメリカで実施した調査に基づき、対米直接投資下における日本人家族の適応の問題点を分析し、さらに解決への試案に言及する。

２調査の方法

　調査は筆者が実施している「対米直接投資下における現地人従業員および日本人家族の適応」と題する研究課題の一環として行われたものである。研究内容は大きく分けて二つある。一つは、アメリカで現地生産を行っている日系企業に働くアメリカ人従業員に対する意識調査である。もう一つは、アメリカの現地工場に赴任した夫に随行した日本人家族の適応状態調査で、日系事務所の日本人スタッフの妻に対する質問票調査とグループ・ディスカッションによるものである。これらの調査から、日本人家族がアメリカで生活する上での問題として、?家族の適応、?子弟の教育、?コミュニティー・リレィションズ、?家族の分散、?日本社会への再適応、という５点が判明した。

３調査結果

家族の適応
　
　まず第一の問題である家族の適応に関し、６つの側面から分析してみる。それらの側面とは、新しいタイプの滞米日本人家族、日本人母親の適応、家族のストレス、夫への依存、短い滞米期間、満足度と心配事である。

(1) 新しいタイプの滞米日本人家族
　海外子女教育問題が論議されるようになってから久しい。しかし､その問題の本質は従来とは異質のものとなってきている。その最大の理由は、対米直接投資の急成長および、海外における現地生産への比重の移行等により、新しく渡米してくる邦人子女および家族の体質が従来とは異なったものになってきたことにある。つまり、社員を海外に派遣する歴史が比較的浅い企業が多くなったためである。滞米期間が短いうちは、家族一緒であってもアメリカの生活を肯定的にとらえることが難しいといえる。しかし、アメリカ現地生産への比重の増大と共に、新しいタイプの日本人家族が見られることは事実である。また、赴任してくる家族の年齢が高くなってきている。つまり結婚後既に10年程経過し、出産をほぼ完了した世帯が多い。したがって、学齢期の子どもを伴ってのアメリカ赴任ということになる。現在北米に滞在する学齢期の「邦人子女」は2万人弱にのぼっている。

(2) 日本人母親の適応
　アメリカ南部の小都市に1987年に設立された日本語補習授業校責任者の観察によると、最近の滞米邦人家族は製造業（中小企業が多い）に従事する家族が増えてきているとのことである。こうした家族の大多数は、海外生活のオリエンテーションを受ける機会もなく、充分な準備をせずに赴任してくる。したがって妻は、なぜ家族がアメリカに来なければならないのかという強い不満を抱く。その否定的な態度が実際のアメリカ生活の上に大きく影響し、ノイローゼになるケースも多発している。日本人の母親がノイローゼになっても、英語力不足のためアメリカ人カウンセラーに相談することもできない。従って、現在アメリカで日本人の（日本語が話せる）カウンセラーが求められているのである。アメリカ人カウンセラーとしては、経済大国というイメージが強い日本からの訪問者に対し、よそ者である日本人に援助する必要性があるのかという意識があるようである。今後は、社員を海外派遣する企業は、極力そのスタッフのみならず、家族からの同意をも同時に得るように努めることと、充分な準備期間をもって事態に対処することが求められるのである。

(3) 家族のストレス
　滞米中、狭い日本人コミュニティーでの生活が大きな比重を占めるようになると、社会とのコンタクトが限られ、家庭内でのストレスが高まることも多い。子どもが母親の手に負えなくなった、家計費の負担が重くなった､子どもの兄弟げんかが増加した､親子の口論が増加した等が家庭内で発生するようになったストレス要因として挙げられる。そして、子どもに手を焼くようになった母親は、致し方なく夫に相談することになる。

(4) 夫への依存
　日本にいた時には夫に依存することもなく、日常生活、子どもの教育等家庭生活全般にわたり大方の決定権を持っていた日本の母親たちである。ところが､アメリカ生活では、様相は大部異なったものとなる。邦人主婦の英語力が全般的に低いことがその最大の原因である。ちょっとした会話を英語でするにしても8割以上の主婦が困難を感じ、必然的に夫への依存度が高まっている。企業によっては、邦人家族が抱える問題に対処するために援助するスタッフを設け、夫の仕事への支障を減らしている。利害追求を第一とする企業にあっては、赴任家族の福利厚生にはなかなか手がまわらないのが現状であろう。しかし、大極的見地、かつ長期的展望に立って事態に対処することが問題解決には必要である。

(5) 短い滞米期間
　日本人の滞米（予定）年数は平均3.3年で比較的短く、米国生活に慣れた頃には帰国するパターンが多い。短期間の滞米中に主婦が英語力を向上させるのは極めて難しい。そのために、腰を据えて現地のアメリカ人と交流することもなかなかできにくい。したがって、アメリカ赴任当初から、帰国を待望することになりがちである。
　子どもの外国語習得は、その子どもの年齢が低いほど速く効果的であるといわれる。しかし、実際には、子どもの性格､滞米期間､環境によって大きく左右される。
　日本の企業としても､同一スタッフを10年､20年の長期にわたって海外派遣することは種々の問題があり、実行しかねる場合が多い。しかし、そのような長期海外赴任を厭わない社員を募り、しかるべき待遇、報酬を与えるように今後努めるべきではないであろうか。

(6) 満足度と心配事
　日本人の母親たちの英語力が貧しく､生活に不便をきたしているといっても、アメリカでの生活に大きな不満を抱えているわけではない。事実、8割の主婦が母親業をエンジョイしており、約9割は、専業主婦としての役割に満足し、かつ、ほとんどの主婦が現在の結婚生活を非常に充実したものと感じている。
　一方、「現在の生活での悩み、心配事、関心事」の問いに対しては、過半数が「子どもの教育」を筆頭にあげた。そこには日本社会の規範に合わせようとする親の態度が顕著に見うけられる。
　子どもがアメリカ現地にうまく適応するか否かは、親の態度に強く影響される。親が、子どものアメリカでの生活体験を肯定的に考え、子どもがアメリカでの生活になじむように奨励するのであれば、子どものアメリカ現地での適応も比較的スムーズに進行する。つまり、こどもがアメリカ生活に適応するか否かは、親の態度に左右されることが多いといえる。

　
子どもの教育の問題

(1) 過重な負担
　メリカに滞在する学齢期邦人子女のほとんどが、何種類もの教育を同時に受け、日本にいた時以上に詰め込み教育を受けている。現地校（月曜から金曜）、補習授業校（週１回）、ＥＳＬ（English as a Second Language: 英語を母国語としない子どものための英語教育）、通信教育、おけいこごとなどが、主なものである。これらは日本帰国後、日本のカリキュラムに適応できるようとの親の配慮から子どもが強制的に習わされているものである。そのため、アメリカの子どもたちと遊ぶ機会を持つことができにくくなっている。

(2) 日本人母親の声
　アメリカの現地校では、個々のニーズに応じて以下のような５つの各種各様の援助、補助が提供されている。
　　　　 ①　ひとクラスの生徒数が少ない
　　　　　②　先生と生徒の比率が良い
　　　　　③　相談にのるカウンセラー制度の整備
　　　　　④　生徒各人の個性および能力向上に努める
　　　　　⑤　親と先生との連絡が密
　
　子どもの英語力、適応に関しては、親の意識態度(緊張感)が高いと、子どもは神経質になってしまう。親がゆったりとかまえると、子どものアメリカ生活および学校生活への適応も比較的スムーズにいくことが多い。最大の関心ごとである日本帰国後の勉学、進学については、アメリカ現地校での生活に馴染むよりも、熾烈な受験戦争を乗り切るための準備をした方が得策と考え、子どものアメリカ体験を否定的にとらえがちである。

(3) 子どもの声
　多くの子どもたちは、日本人同士で日本語を話しながら遊び、また、テレビを見る時間も比較的長い。これは、アメリカに滞在する学齢期の子どもたちが学校やコミュニティーから遊離して存在し、英語習得の必要性をさして強く感じないこととなっている。

(4) 補習授業校教頭および教師の声
　補習授業校では、適切な教師を探すことが極めて困難である。なぜなら各教科の訓練、資格を有する者をコミュニティー内で見つけることは不可能だからである。したがって教師は大学院生、大学生、日本で教職経験のある母親、あるいは父母のボランティアで構成されることになり、教育内容や基準について統一されないという問題が発生する。第二の問題は、同一クラスルームに種々異なる背景や状況の子どもたちが混在するので、日本語力やレベルの違いがあり、教える側にとってどこに焦点を当てたらよいのかという疑問に直面する。このため補習校は、子どもたちの遊び場化してしまう問題も挙げられる。また、日本政府からの援助金が低いことも問題である。最後に、補習校に期待をかけすぎる父母の問題がある。このように多くの問題を抱える補習校で、1週間に1日、数時間の間に全教科にわたって、その1週間分のカリキュラムを子どもに教えることは不可能である。したがって、補習校は子どもたちの「息抜きの場」くらいに考えることが必要である。

(5) 現地校の先生の声
　日本の子どもにとって言葉の壁は最大の問題である。特に、会話力が貧弱なため、邦人子女は現地校の授業ではおとなしすぎる傾向がある。また、個々の英語力に合わせた指導である、ＥＳＬでも日本人の子どもは一体におとなしく、自分から積極的に発言しない点を問題としている。子どもたちの｢はにかみ屋｣の性格は、アメリカ人の友達ができにくい結果となり、また子どもたちが孤立化し、いじめ問題にまで発展することにもなる。さらに、日本人母親の学校行事に関与する消極性や、子どもの異文化体験の体得についても問題視する現地校の先生が多い。

コミュニティー･リレイションズ

　対米直接投資下における日本人家族の適応の問題の第３番目は、コミュニティー･リレイションズである。対米直接投資下の日系企業に働くアメリカ人の日本に対する意識は概して好ましい。それは日系企業が雇用機会を提供し、また地域にもたらす経済効果が多大だからである。しかし、集団意識が強い日本人は、日本人同志で固まり周囲から孤立してしまいがちである。それは、地域コミュニティーとの関係上好ましくない。さらに、日系企業が設立される現地工場の近隣は地価や物価が自ずと上昇し、アメリカ市民の不満は高まる。日系企業の存在がコミュニティーに経済的効果をもたらす場合は、日本人家族とアメリカ人の関係が特に問題になることはない。しかし、経済的に緊迫しているコミュニティーではいろいろな問題が発生している。それらの問題は、現地の家族との疎遠な関係、現地校への関与の少なさ、およびコミュニティー活動の欠除の３点に要約できる。日本人の家族は積極的にコミュニティー活動に参加すべきであるし、むしろそれを義務と考えるべきであろう。つまり、健全なコミュニティー･リレイションズを確立するには、当事者双方が互角に交流しなければ好ましい成果は期待できない。

複雑な問題

　対米直接投資下における日本人家族の適応問題の複雑性は、日本社会への再適応および家族の分散に見られる。日本社会への再適応は、子どものみならず、父親、母親の全てに課せられた問題となる。父親にとっては、日本の組織社会への再適応が問題である。また母親にとっては、地域社会への再適応が容易でないことが多い。さらに、子どもは帰国子女として日本社会への再適応を強いられることになる。帰国子女は｢第三文化の子ども（ＴＣＫ）｣と呼ばれる。彼らを待ちうけているのは、各種の日本社会再適応の問題である。しかし、第三文化の子どもたちが海外での体験を「大変意義があった」と語れなければ、海外直接投資の下で海外に赴任した邦人家族の受ける利益は少ないのではないであろうか。

　問題の複雑性は、家族の分散として考えることができる。父親が海外単身赴任をした場合、父親および日本残留の家族双方にいろいろな問題が発生する。さらに、問題の複雑性は日本の急速に進行する超高齢化社会とも密接に関わりがある。日本は現在男女共に平均８０有余年の人生を送る時代になっている。そこで、日本人家族が海外へ赴任する場合、高齢の親が家族と共に海外で生活することも考慮すべきであるが、それは多くの場合現実的ではない。したがって高齢の親は日本に残留することになる。また、新しい家族形態として、子どもだけ海外に残留し、両親は共に帰国するケースがある。

　このように対米直接投資下における家族適応の問題は、決してアメリカで生活している家族のみに留まらない。家族が分散して存在せざるを得ない現実は当事者である家族が複雑に組み合わさった問題を生みだしている。

４　よりよき日米関係構築への提言

　ここでは、邦人家族がアメリカ社会へ適応するための指針を考えてみたい。それは日米関係促進への一助となるが、計画実現には官民両サイドからの総合的対策が必要である。内言的には、コミュニティー活動、教育プログラム、邦人家族へのアメリカの情報提供、そしてアメリカ人に対する日本の広報活動などが考えられる。

コミュニティー活動

　邦人子女が現地校で学ぶ場合、特別の恩典を受けているので、それに対し何もしないでいると非難の的になる。そこで、企業そして子どもたちの父母両サイドからのコミュニティー活動への関与が必要である。企業としては多方面にわたる財政的援助を検討すべきであり、父母も積極的にコミュニティー活動に参加することが必要である。英語力が低くても、いろいろな方法で現地校に対し、ボランティアとして手を貸すことができる。そのボランティア活動をとおして、先生と母親との間のコミュニケーションが促進され、子どもたちが学ぶ学校そして子どもの学校での様子について母親が興味を持ち、理解を深めることが可能になる。そういった母親の活動によって、子どもの学校生活や言葉の問題からくる緊張感やストレスも和らいでくる。

教育プログラムについての対策

　邦人子女がアメリカ現地での教育環境にうまく適応するためには、事前からの教育面への配慮が必要である。現地校の高校で必須とされる「アメリカ史」および「アメリカ政府」両科目の教科書を日本語訳にしたり、現地校各学年の各教科の教科書のサンプルを日本で閲覧することができるようにすることを提案したい。さらに、アメリカ現地で学ぶ邦人高校生のためのＥＳＬを日系企業の援助で開設することも考えるべきである。

　アメリカの高校在学中に親が帰国するようになった場合、子どもが継続して高校で学ぶことができるように企業側の配慮が得られることが望ましい。この高校在学中の子弟に対する配慮は、アメリカ赴任前の場合にも同様のことが言える。さらに高齢者用サポートも考えるべきである。一企業では中々困難でも、企業が合同でこのような企画を提案すれば、関連政府機関等からのサポートも得られやすいのではないであろうか。やはり、いくつかの公的機関からの財政援助が必要なことは言うまでもない。

アメリカ赴任先の生活環境情報

　アメリカ現地生産が行われている現場は地方都市が多く、そのような場所の生活環境はなかなか把握しにくい。そこでインターネットなどを活用し、事前に日本語で情報を得ることができれば、情況に適した準備をして赴任することができる。医療事情や保健制度に関する詳細な情報は得ることが困難である。そこで１９９４年に厚生省はそれらの情報を情報誌にまとめて提供する新事業にのりだした。このような情報誌が整備されることは、海外赴任生活の不安緩和の一つの有力な手段となる。

日本の最新情報を一般のアメリカ人に提供

　アメリカの新聞は大多数が地方紙で、日本に関する記事が頻繁に掲載されることはまれである。したがって、一般のアメリカ人が最新の中立的な日本情報を得ることは決して容易ではない。そこで、日本の現状を正しく把握してもらうために日本紹介のインフォメーションセンターの設置を提案したい。そのような機関が中心となる地元コミュニティーに対する広報活動を行うのである。

５　調査のまとめ

　この分析を通して「対米直接投資下における家族の適応」には種々の問題があることが判明した。また、よりよき日米関係構築へと繋がる問題解決への提言が多方面からなされなければならないことも分かる。この海外子女教育問題を中心とする邦人家族の適応の問題は複雑であるため、多くの公的私的機関からの総合的対策が必要である。　
　海外生活の体験は子どもにとっても大人にとっても、国際性を養う最良の機会であることを認識することが大切である。海外直接投資下における日本人家族の適応の最善の処方箋は、当事者である家族とサポートネットワークを成す学校当局と、さらにコミュニティーとの理解と連繁である。　
　海外直接投資下における家族の適応の過程は「異文化との闘い」である。それは日本文化と異文化の相互理解確立への過程であり、日本文化が異文化と共存するまたとない機会と考えることができる。そのような異文化間交流を通してこそ、真の日本の国際化が達成されるといえる。

引用参考文献

書籍･論文（著者名のアルファベット順）

熊谷文枝　1994　「対米直接投資下における日本人家族の適応―異文化との闘い」『社会学論叢』第120号,1-28頁。

Kumagai,Fumie　1996　Unmasking　Japan　Today:　The　Impact　of Traditional Values on Modern Japanese Society(1996), Chapter 3: Emerging Problems

　　海外子女教育財団　1998　『海外子女教育』9月号、7頁。

URLs:

外務省海外在留邦人数統計「在留邦人の動向」：http://www.mofa.go.jp/mofaj/toko/houjin98/index.html

外務省海外在留邦人数統計「在留邦人の推移」：http://www,mofa.go.jp/mofaj/toko/houjin98/

文部省「平成９年度海外勤務者子女教育に関する総合的実態９月号調査結果」：http://www.naec.go.jp/kaigai/sijo2703.html

（要約：大森史・竹原環・小川真樹）

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